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No.542 (感想)映画スイートプリキュア♪ とりもどせ!心がつなぐ奇跡のメロディ♪ 

アコちゃんの強烈&殺人的可愛らしさが堪能できました。

ども、KOMOです。

11月中旬、スイートプリキュアの劇場版映画を公開から日が経ってから観に行きました。今頃感想上げてスンマソン。

※ちょっと間が空いているので、思いつくまま書いた雑多な乱文で失礼ます。

んで、公開から日が経っていたおかげでTV放映とうまい具合に内容がつながりました。

キュアミューズの「戦いを続ける理由」のサイドストーリーという感じでしょうか。

さて感想ですが、前作プリキュアのハートキャッチプリキュアはその場の勢いでの技ってのが多かったですが、スイートプリキュアは個々人の戦闘力が高くて必殺技も豊富に持っています。

劇場版ならではという肉弾戦も必殺技もガンガンやります。

しかしながら、フレッシュプリキュアの映画からの転換かと思うのですが、力押しで相手に勝つというパターンは崩れてきています。

フレッシュプリキュアの劇場版ではラスボスを「赦(ゆる)す」という形で怨みを包み込むという今までにない手法で闘いを終息させました。

ハートキャッチプリキュアの劇場版ではラスボス戦で闘いこそすれ、相手を包み込むという表現(握り潰したようにも見えるが(^^;)という慈愛の心を表現する手法でした。

今回のスイートプリキュアでは前2作とは違いますが、いわゆるキン肉マンやドラゴンボールに代表される「今までより強大な敵を、主人公一人が今まで以上のスーパーパワーで打ち勝つ」というやり方は行なわず、最終攻撃は今までTVでやってきているみんなでの合体技でトドメを刺すやりかたでした。

中盤では、閉じ込められた娘(王女)を歌によって救い出そうとする父(国王)が奮闘し、忘れかけていた二人の思い出の歌を思い出し、2人の心が共鳴することで閉じ込められた殻(檻)を打ち破ります。でも今までのアニメでよくある声の力(音の反響)によって破壊するという描写ではなく、声が通じない二人が心で通じ合い、こちら側(観客側)には歌が聴こえないというちょっと意外な演出でした。

また、こういったアニメでよくある正義側のお偉いさんや上位存在は指示を与えるだけという印象があるのですが、スイートでのアフロディテ女王はTV版でも人間界に姿を現して敵(実は夫)と対峙したりとそれなりの動きをします。

今回の映画ではアフロディテ女王は敵を体内に閉じ込め、自らの命と共に消し去ろうとする正義感溢れる行動にも出ました。これはちょっと感心&感動しちゃいましたよ。やっぱ国のリーダーとしての行動ですよね。

夫であるメフィストはそんな妻の行動に心を打たれ、2人で塔から地面に落下することで敵を追い出すことをします。その途中でアフロディテさんのデレが見られたのは良かった(笑)。

んで、んで、んで。

常々思っているんだが、私としては歴代プリキュアの中で一番カワイイのはプリキュア5のキュアドリームなんですね。でもプリキュアじゃないときはウザイ女の子かも(^^; ドリームはセーラームーン(月野うさぎ)に通ずるところがあり、普段はバカだけどいざとなるとみんなの心をまとめて一番頼りになる存在ですなぁ。

普段とプリキュアの両面で、そしてかっこよさや性格を含めると初代プリキュアのキュアブラックさんが私は一番なんですが、今年のキュアメロディはキュアブラックに負けずとも劣らずです。しかもメロディにはブラックにはない色香がありますよね。キュアリズムとのバカ夫婦っぷりもあるし。

キュルメロディがピンチになったときに、キュアリズムが「メロディ!」と叫ばずに「響~!!」と叫んだシーンが良かったです。

今回の敵は「ハウリング」というTVシリーズと若干設定が繋がった設定で、ここもTVシリーズのサイドストーリーを呈しています。

親子愛が根底に流れている今作ですが、多分子供たちには面白おかしいお話にしか感じない部分でも、親御さんたちには心に来る部分が多々あったと思います。

しかしながら、「プリキュアを超えたプリキュア」というセリフに興醒めしたり(^^;、何よりもクレッシェンドキュアメロディになった意味がよく分からなかったり、アコちゃんとゲストキャラのスズちゃんとの関係の描写&仲直りの描写がうまく出来てなかったり、とアラが目立ちましたが、全体的に見てよく出来たほうだと思います。

さて、結局のところ、スイートプリキュアたちは何のために闘っているのか。

現時点ではTVシリーズもストーリーが進んできていますが、彼女たちの闘う理由はスイート(SUITE)の表すごとく「音楽を守るため」であり、それは人々は個々人いろんな音楽を持っていてそれらを守るため、だと思います。私個人的にですが飛躍して推論しますと、「音の違い=人種の違い」であり詰まるところ世界には「色んな音=色んな人」がいて、音楽というものは全部同じ音(音符、音階など)ではダメで、たくさんの音が集まってこそ音楽として成り立つもの、つまりそれぞれの音はお互いに補完しあう存在で、一つの音ではダメ。それは人間誰しもイイ部分、悪い部分があるけど、たくさんの違う特色・性格を持つ人が集まることで、個人としても全体としてもイイ方向に向かう、ということではなかろうか。不幸のメロディというものが描かれていますが、一方的な抑圧させる・服従させる力の暗喩ではなかろうか。映画の中で「心の音楽は誰にも奪えない」というセリフがありましたが、これも人は人をムリに変えることが出来ない、してはいけない、という比喩ではなかろうか。
そんなことを考えながら最終回まで暖かく見守りながら毎週TVを見ています。

取り留めの無い感想を列記しただけになりました。

んでわ。

111126precure01

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